La Mia seconda vita

セカンドライフでのメッシュ制作や景観ハント、日々の出来事などをブログに綴っています

セカンドライフのアバターあるある 「お猿と温泉」
 

セカンドライフのアバターあるある

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やっとGalleryカテゴリにひとつセカンドライフ百景が加わったわけですが(あと99も埋められる気がしない)ついでにトップ画像倉庫を作りました。

以前、お客さんに「歴代のアバターのスクリーンショットを残しておくといいよ」って言われたんですが、絶対それ黒歴史になるに違いない。しかしトップ画像もまた並べてみると、初期の頃のとかもう既に黒歴史になりつつある感 (‘A`)

初期の頃のアバターあるある

一番あるのがバランスがおかしい。何を間違ったのか、一からシェイプとか自分で調整しちゃってクリーチャー化している場合など。

他の3Dゲーとかでキャラメイクしてると、ある程度慣れてたりするんですが、平均的に好印象のバランスって結構難しい。多くの人間が美しいと認識する顔って、実はみんなの顔の平均値というのをご存知でしょうか。みんなから見て好印象な造形は、無難や無個性と紙一重だったりするのかもしれません (°ω°  )

セカンドライフ 初期の頃のアバター

私の割と初期の方はこんな感じ。左から、女性版・男性版・ハロウィン版。マイアウトフットに入ってるやつ全部撮ろうとしたけど、途中で力尽きた。真ん中のはわりと今のみあ太郎の原型をそのまま残してる感はありますね。

身長とか顔の大きさ、手足の長さ、目の大きさあたりは、ふと周囲のアバターを見て「あれ?もしかして私顔でかい?」「身長低い?」「目大きすぎ?」などと再審議のネタになる項目ですね。

なんにせよ、こういった自分で作れるアバターは、その人の願望がオーバーに具現化しやすい側面と、その人の平均的な美的感覚(=普通)が基準になりやすい側面があるので、その人自身の色々が表れていて面白い。

例えば海外の男性アバターって日本人から見るとガチムチなんですけど、それってリアルに海外の男性の平均的な体格が日本人よりガチムチなので、そもそも「普通」の体型の基準が、日本人とは違うんですよね。その普通の基準にさらに願望が上乗せされて、さらにガチムチ化に拍車が掛かる現象 (°ω°  )

着ぐるみタイプとマリオネットタイプ

セカンドライフのプレイヤーの自身のアバターの捉え方について、話をしていたらこんな例えがでてきました。要はアバターを自分の化身として同一化するか、はたまたアバターを自身とは切り離したものとして考えるか、という話です。

前者のタイプを、 アバターの中に自分が入って一体化するという意味で「着ぐるみタイプ」と名づけます。中の人などいないなっしー!(°∀° ) こちらは「アバター=私自身」という意識が強く、思い入れが深いです。アバターに自分自身を重ねられるのは、ある意味とても正しい仮想空間の使い方と言えるかもしれませんが、深くリンクしている分、アバターが受けた喜びも悲しみも本体にダイレクトに届きやすいという点も。中に入るので物事の視点がアバターと同じ位置になりやすいです。

対して、後者のタイプはあくまで外側からアバターを操っているという立ち位置なので「マリオネットタイプ」と呼ぶことにしました。「アバターはあくまで私の操るお人形」というスタンスを崩さないのがこちらのタイプ。先ほどの視点と話で言うと、マリオネットタイプは人形たちを俯瞰して見ている感覚なのでやや傍観者的な感覚かもしれません。「私」というより「うちの子」みたいな認識。着ぐるみタイプが一人称なら、こちらは三人称といったところでしょうか。

特にこれが判明したからといって、別段お得なことは無いんですが、どっちのタイプかなー?って程度には話のネタくらいにはなるかもしれません。

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